精神分析における自我と自己の認識には日本とアメリカやヨーロッパとではかなりの理解の差異があると思われる。日本では自己はエリクソンのアイデンティティ理論などの頻繁な紹介によって多様されているが、本家の精神分析においては、自己という概念はあまり用いられない。
事実フロイトは自己という言葉をほとんど使っていないようである。またフロイトの思想を直接的に受け継いだ自我心理学においても自己とはあくまでも「自己のイメージ」であって、漠然と日常で使う「私=自己」という言葉には当てはまらない。対象関係論においても自己は同じような理解である。
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自己という概念が本格的に理論の中に組み込んで、その概念を中心にしたのはフロイトから離反したユングや精神分析学とは関係ないロジャースなどである。よって精神分析において自己を重要視するようになったのはエリクソンやハインツ・コフートなどの近年の精神分析学においてである。
現在においても自己という概念は非常に曖昧なものであり、そのため精神分析における「自己」という言葉や「自我」という言葉の概念の把握は非常に多様なものとなっている。